日本酒業界に新風を吹き込む元SEの若き蔵元

栃木県小山市

にしぼり てつや

西堀 哲也

栃木県小山市出身。 2009年、東京大学文科Ⅲ類入学、2013年文学部哲学科卒業。 卒業後、ERPパッケージを取り扱うIT企業へ入社。 IT業界で3年程働いた後、家業の西堀酒造へ戻る。 まだまだ変化できる可能性を秘めた日本酒業界にてITの利活用を促進中。

一どんな活動をされていますか?

明治5年(1872年)から続く西堀酒造の6代目蔵元の西堀哲也です。大学卒業後、IT企業に勤めていましたが、家業に戻って今年で5年目となります。

まず西堀酒造について紹介します。従業員数は現在14名ほどです。年齢層は、入社当初は私が一番若かったですが、現在は20代が2名、30代が2名など、上は70代までそれぞれの年齢層の従業員が在籍しており、男女比は半々の構成です。

西堀酒造は、主に日本酒を造っています。他には焼酎、リキュール、スピリッツの製造免許も持っており、それらのお酒の製造販売も行っています。また、ウィスキーの世界的需要の高まりを受け、今後ウィスキー事業も開始しようとしています。ちょうど今、2022年の蒸留設備の導入に向けて、建物のレイアウト調整や設備の導入・選定を行っているところです。
また、私自身はお酒の製造だけではなく、できることなら何でも、というスタンスで仕事にあたっています。
例えば、瓶詰や製品出荷作業をはじめ、営業や広報、WEB周りのバックオフィス業務、IOTを利用したもろみ管理システムの構築、世界8か国に向けた輸出業務など、色々な取り組みを行っています。今後は蒸留酒関連の事業を本格稼働していくのが直近の目標です。

一今やっていることについての課題はなんですか?

課題は挙げればきりがありません(笑)が、DX的な文脈でいえば、「ITリテラシーの向上」は課題の一つとなっています。

西堀酒造への入社当時、メモ、手順書、帳簿等のデータの保管について、紙ベースでの業務運用が基本でした。
改善の第一歩として、日報入力といった簡単な作業をやってもらおうと、全社員にPCを貸与したところ、PCが埃をかぶったという過去があります(笑)。やはり人や現場をしっかりと見て、沿ったやり方を指示しないと、ギャップに苦しむことになると実感しました。PCスキルは、業界として必須なスキルではないのですが、使えるに越したことはないという考えは変わりません。
業務効率化や今後を見据えていくと、PCスキルは重要となります。
だからこそ、採用の際は、新卒、中途問わずPCスキルは必須にしようと思っています。

簡単にスクラップアンドビルドできる単純な世界ではないのが現実です。
リテラシーの向上について、急激な改善は難しいですが、PCスキルの熟練度合いに沿って、効率化を少しずつ進めようと考えています。
よく言われるように、IT導入の恩恵が現れるのは、一般会計や酒税計算といった経理処理が筆頭です。銀行窓口に直接出向いて、印鑑を使用しての事務処理がまだまだ多く残っているのですが、将来的にはクラウド会計サービスを利用し、効率化できればと思っています。

一課題を乗り越えたらどんな可能性がありますか?/ITを使ってできそうなことはなんですか?

経営戦略の幅が広がると思っています。

例えば、以前ECサイトはWordpress等のCMSをベースに、コストを最小で構築していたのですが、昨今の脆弱性への対応、バージョンアップ等、サービスの維持保守に時間を取られていました。そこで、今年の6月よりShopifyの利用を開始し、世界トップクラスのクラウドサービス事業者へセキュリティ対策の責任を委譲させる方針に変更しました。我々のような中小零細企業にとっては、自社で維持保守するよりも、昨今登場している安価なSaaS系サービスを利用するほうが、人件費やリスク面など、圧倒的にメリットが大きいと感じています。
専門SEを雇う人件費は、デザインやマーケティングリサーチのスキル、もしくは軽いITリテラシーを備えた人材の育成に割り当てられればと思っています。

軽いITリテラシーについて補足すると、イメージとしてはword、Excel、photoshop等が活用できれば十分なのではと考えています。
最近のシステムはとても使いやすいので、会計クラウドサービスを扱えるだけで即戦力になります。一つのクラウドサービスを利用できれば、その他の受発注といったシステムの利用についても、大きく迷うことはないと思います。会計計算に1日費やしていた作業時間が、クラウドサービスを利用することで大幅に削減できます。その余った時間でパッケージやデザイン、ECサイトでの営業、SNS発信など、ほかの事務作業や商品企画、営業活動に活用できればと考えています。
ただ大前提として、半角全角、スペース、ソートの考え方、共有ファイルの上書きなど、基本的なデータの取り扱い方はしっかり身につけて欲しいです。
データの精緻化は、分析力の向上やマーケティングのリサーチにも繋がりますし、そもそものデータ入力を間違えると全てが破綻するので非常に重要です。

従来の酒造業界で一般的な、昔ながらの住み込みで夜中に1時間おきに酒蔵の様子を見るという働き方は、働き方改革や法整備に伴い、なくなりました。
代わりにITを利用することで、例えばGoogleのスプレッドシートで「吸水時間は何分何秒」と従業員同士での進捗共有が可能となりました。また、もろみや麹のリアルタイムの温度計測や自動記録、冷却作業の遠隔操作など、最新IoT機器とクラウドサービスで廉価に実現することができています。昔は「見て学べ」の暗黙知領域であった、醸造作業のマニュアル化も、スマホ撮影や作業メモをインターネット上でクラウド共有することで、技術の底上げと属人スキルからの脱却・標準化が実現しつつあると思っています。
酒造りの世界には、人間しか出来ない領域(職人の熟練の勘の領域)があります。
単純作業は現代の最新技術で効率化・省力化し、人間にしかできない領域にリソースを集中することで、より良い酒造りが可能になると思っています。

一今後の目標はなんですか?

再生可能エネルギーを利用しての日本酒製造です。※SAKE RE100プロジェクト(筆者補足:是非Web検索お願いします!)
現在、電力事業者様の切り替え検討から始め、現実的な建屋等の設計を専門家の方と話を進め、再生可能エネルギーの利用比率を高めて行くことを計画しています。

また、この計画は、西堀酒造単独ではなく、複数の酒蔵を集めてのプラットフォームにしようとしています。
たとえば、電力会社と日本酒酒蔵がコラボする事例は、よくあったりします。
しかし、やはり単発企画で終わってしまい、長続きしているところは少ないようです。
やはりビジネスの観点からお酒が流通しないと、業界のモチベーションは促せないですし、まず長続きしません。
テーマとしても、複数の酒蔵が参画できるプラットフォームを実現できればと思っています。
脱炭素対応は世界のスタンダードとなってきており、日本酒もそれを無視することはできません。
ビールやワインの製造では、既に再生エネルギーを利用する事例も増えていますので、日本酒も負けていられません。業界としてもすそ野を広げられたら良いですね。

編集後記

西堀酒造さんは、非常に挑戦的な企業である。それがお話を伺っていての印象でした。
元SEとのことで、社内SEを雇い、自社システムを構築するより、クラウドサービスを利用し、部分外注した方が効率・効果的という西堀さんの回答は非常に共感しました。
また地方企業が求めるITスキルとして、西堀さんの考えを伺えたのは、今後地方創生の指標になっていくのではないかと思い、とても勉強になりました。
アルコールの中では、ウィスキーを飲む比率が高い立原です。西堀酒造さんがウィスキーを販売したら、直ぐに購入したいと思います。アルコールを嗜む一人として引き続き応援致します。

-コーディネーター紹介-

ID 栃木県小山市

たちはら としひこ

立原 俊彦

2020年1月中途入社。インフラエンジニアとして10年以上客先業務を担当。2021年4月より地方創生VIに参画。2021年6月からの客先業務量増大、及び、2021年10月にチームリーダ就任に伴い、36協定の遵守に四苦八苦中。